友人M

奇跡の出会い

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Mと学生時代に東京でばったり出会ったことは以前書いた通りです。

(1月25日 奇遇)

一昨年のG・W、私は熊本の妻の実家に行きました。

道路が混むのを見越して朝早く4時前に家を出ました。

山口県の下松にあるS・Aで朝食を摂ることにし、

うどんを頼んで給茶機の前の席で食べていました。

突然後ろから

「おいっ、何でここにおるんや。」

と大声がしたので振り向くとMと嫁さんが立っていました。

聞くと彼も連休を阿蘇のペンションで過ごすため朝早く家を出たそうです。

彼は朝食は食べない習慣なので

下松でお茶を飲もうと給茶機に向かっていたそうです。

すると給茶機のすぐ前に私がいてびっくりしたそうです。

本当にすごい確率です。

岡山と福山の人間が下松のS・Aで会うなんて

約束していてもなかなか大変です。

学生の時の出会いは信じてくれなかった親も

今度のは驚いてくれました。



奇遇

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大学1年夏にあった同窓会でMがぐでんぐでんになっている頃、

私は早稲田に行ったYと話していて

秋の早慶戦がある時東京に行くことになりました、

隣にいた共立薬大に行った女子Kが

「東京に来たら連絡して。」

と言いました、

そしてその日が来て私は夜行バスに乗り朝の東京に着きました。

Yが八重洲口まで迎えにきてくれて昼の早慶戦に行きました、

聞けば私たちの高校から早稲田に行った者は稲門会というのを作っていて

その会が集まって応援に行き、夜新宿で飲むそうです。

その会に合流させてもらい応援に行きました。

そこには幼馴染の女の子Aがいて私を見てびっくりして声をかけてきました。

彼女は今カナダ人と結婚し、バンクーバーに住んでいます。

そして夜、Kに電話して東京に来たことを告げると

「えー、明日M君が来るよ。」

と言うのです。

札幌にいるはずの浪人生がです。

MはKだけに連絡して東京に来るのです。

何て奴だということで話が決まりMをだますことになりました。

翌日MがKと待ち合わせた場所に私が行き、YとKは隠れて見ていました。

すると予定通りMが表れました。

Mはきょろきょろしながら前を通り過ぎていきました。

女の子だけ探しているのだから気がつきません。

何度かこちらを見ているうちにぱっと視線が止まりました。

びっくりした顔になりやっと声が出ました。

「おまえ、何でここにおるんにゃ。」

私は笑いを止められませんでした。

YとKも出てきて大笑いです。

その夜はMを肴に大酒を飲みました。



下戸が上戸に その2

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北海道から帰って10日後、高3の同窓会がありました。

高3の同窓会ですから別れて5ヶ月しか経っていません。

それでもみんな東京へ行ったり広島へ行ったりとバラバラになっているわけですから

会うのが楽しみです。

当日はクラス42人の内、30人くらいが集まりました。

そこに浪人生が3人来ていました。

その中の一人がMでした。

福山駅の近くにある”養老乃瀧”の2階でどんちゃん騒ぎが始まりました。

担任の先生も来て酒だ、ビールだと大盛り上がり。

みんな大学のコンパで慣れたようで悪酔いする者はいません。

浪人の3人を除いては。

そうです、その3人が無茶苦茶になりました。

春には全く飲めなかったMが元気にぐいぐい飲みました。

そして後半は2階のトイレの個室を占領していました。

別の1人はトイレに行ったとき酔った勢いでズボンのファスナーを壊してしまい

手でズボンの前を押さえながら帰って行きました。

残りの1人は部屋で寝てしまい、ほっといたら寝たままでゲロを吐き出し、

女子の一人がかわいそうに始末をしていました。

しかしMはその時の修行のおかげでそれからはいくらでも飲めるようになり、

半年後には別の友人をいれて3人で日本酒を3升飲むほどになりました。



悲劇の北海道一周

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朝、札幌を急行で出発し 目指すは様似のユースホステルです。

Mが「苫小牧の蟹飯が有名じゃけーそこまで我慢しょーやー。」

と言うので腹ぺこになりながら我慢し、昼過ぎに何とかありつけました。

期待していたほどおいしくありませんでした。

18歳には味より量が必要でした。

でもその後は順調に進み、ユースホステルで腹一杯食べることができ幸せでした。

摩周湖は霧で全く見えませんでした。

霧の中でバスが止まり、降りても5m先が見えません。

ガイドさんが「あちらが摩周湖です。」と言うのが空しく響きました。

網走へ行く途中の列車で暖房が入りました。

8月上旬なのに。

網走のユースへ入ると石炭ストーブが燃えていました。

昼食をバナナですませたりしながら節約旅行を続けました。

3日後旭川まで戻ってきました。

残りは北部です。

礼文島まで行く計画です。

しかしついに金が底をつきました。

二人で考えましたが考えても金はでてきません。

あきらめました。

涙をのんで帰ることにしました。

そのまま札幌経由函館へ。

青函連絡船の中でMが「記念にイカソーメンを食べようや。」

というのでなけなしの金で食べました。

食べ終わると全財産が30円になりました。

その金でお茶を買い、お茶で空腹をごまかしました。

秋田駅のプラットホームにある水道で水を補給し、

京都までの20時間水だけで我慢しました。

途中から話す気力もなくなり、ただ京都へ着く事だけを考えて.............。

京都に着いたらMが持っていた福山までの切符を払い戻して腹一杯食べることを夢見て。

ついに昼過ぎ京都に着きました。

勇んで払い戻しの窓口へ。

切符を差し出すと駅員さんが

「この切符には手荷物が付けてあるね。

先に荷物の窓口へ行って手荷物を小荷物に変更して来てください。」

荷物を送るとき乗車券があると手荷物と言って割安で送ることが出来るのです。

荷物の窓口へ行くと

「小荷物に変えるには差額が○○円必要です。」

愕然としました。

1円も持っていません。

切符を払い戻せたら払えるのに。

仕方なくあきらめました。

私の下宿は太秦の映画村のそばで駅から8kmあります。

とても歩いて行けません。

公衆電話の前で見知らぬ人に恥を忍んで10円もらい下宿に電話しました。

夏休み中でしたが下宿のおばさんに聞くと先輩が1人いました。

先輩に手短に事情を話すと金を貸してくれるというのでタクシーに乗り、

下宿で金を借り、すぐそばの食堂へ。

食べ終わるとすぐ駅に戻り鈍行を乗り継いで福山へ帰りました。

夜福山に着いたときはへとへとでしたが無事帰れた気持ちでほっとしました。



トイレの窓が出入り口

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朝の6時についに札幌へ着きました。

のべ3日の旅でした。

今なら地球の裏側まで行けるかも...........。

予定通りMは迎えに来てくれていました。

早速彼の予備校の寮へ向かいます。

途中彼から寮の規則を聞きました。

寮は個室で夜10時以降は他人の部屋に行っては駄目。

部外者は家族でも泊めては駄目、もし見つかったら即退寮処分になる。

それを承知で私を泊めるのだから強心臓の持ち主です。

寮に着くと裏手に回り窓を指さしました。

「ここがトイレの窓じゃけー、中から合図したら入ってけー。」

Mが玄関へ向かいしばらくすると窓から

「えーど、入ってけー。」

私は窓によじ登り、中を見ると小便器のすぐ上でした。

荷物をMに渡し便器に足をかけて中に降りました。

Mが廊下を見てOKの合図を送ります。

急いで彼の部屋までたどり着き無事成功です。

無事でなかったことがただ一つありました。

窓から降りるとき釘が出ていて、ズボンがきれいにかぎ裂けになったことです。

それから1週間窓から出入りしながら札幌の町でおおいに遊びました。

よく話に聞くとおり時計台にはがっかりしました。

時計台の前まで行ってMが

「これじゃ。」

と言うまで気が付きませんでした。

地下鉄には感心しました。

まだ大阪に無かった自動改札口でした。

車輪がゴムタイヤなので静かで快適です。

大通り公園、北大、映画館、色々楽しみました。

いえ、楽しみすぎました。

金を使いすぎたのです。

Mと所持金を調べると殆ど残っていません。

これから北海道を一周する予定なのに。

心が暗くなりました。

次回は悲劇の北海道一周です。

(続く)



札幌は遠かった

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今では記憶が定かではありませんが

確か大阪発が夜の11時ぐらいだったと思います。

7月の20日すぎ、阪急で大阪駅まで行き

暗いホームで長い間待ちました。

そして来た列車を見てびっくり、超満員でした。

席にすわるどころか、何とか乗れただけで通路にもいけません。

入り口の横にあるトイレの前に立ちっぱなしでした。

トイレに人が来るたびに窮屈に場所を空けドアがあくと臭く地獄でした。

それでも数時間経つと少し空き始め、何とかトイレの前に座ることが出来ました。

朝になると大分減り始めついに席に座ることが出来ました。

それからうとうと、目覚めて窓から駅弁を買い朝昼兼用の食事です。

前に学生らしき男性がいたので話しかけると気安く答えてくれ、

話しているうちに大阪大学の学生だとわかり軽い劣等感。

新潟まで来ると車内の言葉もずいぶん変わり聞き取れなくなりました。

青森についたのは夕方の5時頃でした。

18時間の過酷な急行列車の旅は終わりました。

フェリー乗り場のテレビで大相撲を放送していたのが記憶に残っています。

そしていよいよ青函連絡船へ乗ります。

これが何と函館まで約4時間です。

本当に日本は広いと思いました。

ところが函館についてここから札幌までまだ6時間かかります。

もうどうでも良くなります。

(続く)



キャンセル料

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旅行会社に特急券を取りにいったら担当の人が

「普通席が取れなかったのでグリーン席を取っておきました。」

値段を聞いてびっくり、倍もします。

そんな高い券は買えないと言うと担当者はむっとした顔で

「じゃあキャンセル料○○円頂きます。」

仕方なく私は支払い、どうも腑に落ちないと思いながら帰りました。

今だったら絶対払いませんが18歳ではどうしようもありませんでした。

下宿に帰り、何とか方法はないかと必死で時刻表を探しました。

その頃、情報はそれしかありませんでした。

そして見つけました。

大阪から日本海をずっと青森まで行く急行「きたぐに」です。

これなら周遊券で乗れ特急料金もいりません。

これに決めました。

この決心があとにすごく尾を引いたのです。

(続く)



大学に入るとき新大阪で別れの杯を交わしたMですが

1ヶ月もしないゴールデンウイーク前に札幌から電話があり

連休で帰省するからそのあと京都に1泊させてくれとのこと。

高校の同級生に京都で会うのは吹田にいる関西大に行ったSの次です。

何とも行動力のある男です。

そして京都の下宿に泊めて話をしていたら

夏休みには北海道旅行をしようということになり

5月6月は必死でバイトをして資金を貯めました。

そして7月ついに北海道へ旅立ちます。

資金も何とか貯まりました。

ユースホステルの会員にもなりました。

旅行会社へ北海道の周遊券と札幌までの特急券を申し込みました。

この旅行の最初のつまずきがここから始まりました。
   
(続く)



下戸が上戸に その1

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Mは高校時代、当たり前ですが酒が全く飲めませんでした。

高校時代のある夏、数人で友人の家に遊びに行きました。

その友人の父親は小学校の教師でした。

ところがそこの母親がM達に出した飲み物はビールでした。

暑かったからとは言え、理解できない母親でした。

でも皆はそれなりに飲めたのですが、Mだけはだめでした。

ビールがきつくて飲めません。

仕方なく彼はビールを水で薄めて飲みました。


高校を卒業して私は京都の大学へ、Mは札幌の予備校に行くことになりました。

新大阪まで一緒に行き、

私は阪急電車で京都へ Mは伊丹から飛行機で札幌へと別れるとき

別れの杯を、ということになり 

新大阪の駅ビルのレストランでビールを1本頼みました。

しかし彼は最初の1杯が半分までしか飲めず後は私が全部飲みました。

こんな彼がどう変わっていくかお楽しみに。



額の傷

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S高校は一応福山の進学校と言われていたので

まずまずの生徒が集まっているはずでした。

ところがこのMは頭は良いのですが行動は突飛でした。

例の額の傷は中学3年の終わりの頃、

悪友たちと親の車を持ち出し無免許でドライブをしていて

橋からさかさまに落ちた時のものでした。

そのため内申書は滅茶苦茶。

S高校には補欠で入ってきたのでした。

そのMが二十歳の頃車の免許を取りに行きました。

長年?の経験で技能はすいすいと進み、

路上での最終検定の時です。

順調に車を走らせていた時、

前方の横断歩道を渡ろうとしているお婆さんを発見しました。

Mは躊躇することなく思いっきりクラクションを鳴らしました。

教官は直ちに「検定中止!」と言ったそうです。



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