夏目漱石
智に働けば角が立つ。
情に棹せば流される。
意地を通せば窮屈だ。
兎角にこの世は住みにくい。
漱石の言葉が身に染みた一日でした。
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智に働けば角が立つ。
情に棹せば流される。
意地を通せば窮屈だ。
兎角にこの世は住みにくい。
漱石の言葉が身に染みた一日でした。
お歳暮の時期が来ました。
コーヒーの店を始めて10年になりますがギフトも随分様変わりしてきました。
価格は以前なら3千円、5千円が主流でしたが今では5千円は殆どありません。
5千円を贈っていたところに3千円、3千円のところは2千円、
2千円のところは贈るのをやめる。
こんな感じになったような気がします。
又、内容も変わりました。
ウチのような専門店にはレギュラーコーヒーの詰め合わせを要求されていたのですが、
一昨年ころからドリップバッグと云ってカップの上に置いて湯を注ぐタイプが主流になりました。
割高ですが世の中簡単なほうが好まれるようです。
この先5年、10年したらどんなふうに変わっていくのでしょうか。
皆目見当がつきません。
学生時代、ウィスキーはサントリーホワイトを飲んでいました。
その頃確か850円くらいだったと思います。
オールドやリザーブは高嶺の花でした。
貧乏な時はレッドを飲みましたがこれは悪酔いするので辛かったです。
レッドのCMに宇津井健が出て山小屋で飯盒のふたに注いで飲んでいましたが、
こんな人がレッドを飲むはずがないとテレビに毒づいていました。
その頃思っていたことに
金持ちはウィスキーならジョニ黒(当時1万円)などいくらでも高いのを飲めるけど
ビールだけは貧乏人も金持ちも同じレベルを飲めるんだということです。
ところが今ではプレミアムビール、ビール、発泡酒、第3ビールと
ランクができました。
ここにも格差社会が現れているようです。
約1ケ月ぶりに近くの”ほのかの湯”に行きました。
雨が降っていましたが雨の中の露天風呂もいいものですね。
この雨が邪念を洗い流してくれたらと勝手な思いを抱きつつ、
この1時間で幸せになれるのだから安上がりに出来ている私です。
今朝は月に一度の放水訓練でした。
ポンプは器械なので定期的に動かさないと駄目になります。
小雨の中で動かしました。
近くの家には騒音でご迷惑をお掛けします。
年に一度の4町合同放水大会では今年も優勝しました。
まじめに練習していますから来年もきっと優勝できることでしょう。
F教授の自宅で出された酒の肴で最高傑作は”味噌ゆべし”でした。
これはくり貫いた柚子の中に味噌を入れ、軒下に吊るして作るそうです。
何とも言えない絶品の味でした。
でもこれ1つで2時間酒を飲むのは酷でした。
ついに来ました。
昨日が第一弾でした。
新年を元気に迎えることができるよう
ウコンを飲んで乗り切ります。
良寛さんの歌です。
今朝、店の前の枯葉を掃除していてふと思い出しました。
以前書いた”我唯足るを知る”につながる言葉です。
さすが禅宗の名僧ですね。
ついでにチャップリンの
人生に必要なのは夢と希望とサムマネー。
この言葉も浮かんで来ました。
地位も財産も持たない私を勇気づける言葉です。
最近色んなところで、マナーがどんどん悪くなっているように思います、
交差点で右折車線で一番前まで行って、直進車線へ割り込む車。
逆に右折車線が混んでいると、直進車線から右折する車。
急いでどこへ行くのかと見ていたら、
すぐそこのコンビニへ入って行くのだから話になりません。
昨日、町内の自衛消防団の例会がありました。
うちの消防団は酒を飲みません。
コーヒーを飲みながら真面目にやってます。
そこである人が云いました。
若い頃、コンサートを見に行って、終わってから駐車場の出口まで長蛇の列。
何気なく煙草の吸い殻を窓から投げ捨てました。
すると隣に止まっていた車の助手席から女性が降りてきてその吸い殻を拾いました。
そしてその吸い殻を持って車に戻りその車の灰皿に入れました。
車の渋滞はそれからも10分ぐらい続きました。
彼はその時間がとても長く感じられ、右の車の方を見ることが出来ませんでした。
彼はそれ以後二度と煙草のポイ捨てはしていないそうです。
でも今では拾ってもらっても何も感じない人の方が多いかも知れません...................。
マラソンの高橋尚子選手が敗れました。
とても辛く悔しいでしょうに笑顔でインタビューに答えていました。
感情を抑える強い意志を持っているんだと感心しました。
笑顔の裏で泣いていたことでしょう。
今朝のニュースで、あるスポーツ新聞の見出しに
”高橋尚子 限界”
と出ていました。
マスコミってすごく残酷ですね。
売り上げの為には人の気持ちなんて関係ないんでしょうね。
インターネットラジオでFMわいわいを良く聴きます。
神戸の長田が発信基地です。
ここには在日の方がたくさんおられるので
韓国やハングルに関する話題が多く、
又懐かしい音楽もたくさん流れます。
今も”赤い鳥”の”翼をください”がかかっていました。
私の波長には良く合う放送です。
日本人はもっと隣国の事を知らなければと思います。
最近は勇ましい事を言う評論家がもてはやされています。
その方が面白いからテレビ局も使うのでしょう。
でもその結果がどういう方向に行くか、
わかってやっているのでしょうか。
その責任を取る事ができるわけでも無いのに。
第二次大戦が終わった時、
朝日新聞は迎合記事を書いていた自分達の責任はうやむやにし、
国民皆が反省しなければならない旨書いていました。
同じ事が繰り返されなければ良いのですが......................。
朝が寒くなってきました。
寒くなると思い出す歌が松山千春の「大空と大地の中で」です。
果てしない大空と広い大地のその中で
生きている幸せを自分の腕でつかむよう
歩きだそう、明日の日に
振り返るにはまだ若い
吹きすさぶ北風に飛ばされぬよう、飛ばぬよう
凍えた両手に息を吹きかけて
しばれた体を温めて
生きることが辛いとか
苦しいだとか云う前に
野に育つ花ならば
力の限り生きてやれ
この詩には商売が苦しかった頃
随分励まされました。
忘年会の季節です。
11月は2回あります。
12月はまだ1回しか決まっていません。
でもその1回は得意の安近短温泉です。
まだ行ったことの無いところを探して
児島の鷲羽山下電ホテルに決めました。
今からとても楽しみです。
今年も残りひと月半になりました。
年をとるにつれて一年が速くなっていきます。
私の両親の年になるともっと速いようです。
子供を半年見ないとぐっと成長するように
老人も半年見ないとめっきり衰えるようです。
悲しいけれど仕方の無いことでしょうか。
今の若い人たちは殆ど興味が無いと思います。
でも私たちは幼少時よりラジオで聴いたりテレビで見たりと好きなスポーツです。
子供の頃、最初のヒーローは初代若乃花(若貴兄弟の父親の兄)です。
ライバルは栃錦でした。
そして次に出たのがあの有名な大鵬です
ライバルは柏戸で子供にとっては憎い敵でした。
でも後で気付いてみると人間的には柏戸が数段良かったようです。
それから北の富士、北の湖などが出てきます。
そして一時のミーハーによる異常人気の後、ファンは減り
外国人力士だらけのしらけた内容と云われています。
でもそんなに外国人力士が悪い事でしょうか?。
ここには日本人の身勝手さが出ていると思います。
最初にハワイから高見山が登場した時、
見せ物でも見る感覚で面白がり応援したものです。
それが人数が増え日本人より強くなってきたら
相撲は国技だから外国人は締め出せ、制限しろとなります。
どうして日本の国技が国際化したと喜べないのでしょうか。
野茂が大リーグに挑戦し、好成績を挙げ、アメリカで支持されたら
日本人は喜んでいます。
それと同じ事でしょう。
もしアメリカから日本人は来るな、とか 数を制限する、とか云われたら
どんな気持ちでしょうか。
逆の立場に立って考えてみたらおのずと答えは出てくると思いますが..............。
昨日近所の方から渡り蟹を頂きました。
早速夕ご飯に頂きました。
とっても美味しかったです。
私は蟹と牡蠣には目がありません。
昨夜は牡蠣フライも食べました。
幸せでした。
すると本日知り合いの方から広島のお土産を頂きました。
なんと品名が”かき祭り”。

今夜も幸せになれそうです。
本日は井原で行われるセミナーに参加します。
ホームページ作成の基礎知識を午前、
ブログ活用法を午後に学習するのですが
私はND清心女子大であるバザーの片づけで午後を受講できません。
その分午前中に頭脳を集中させることにしましょう。
F教授は京大出身で国際政治学の権威でした。
特に中国の事はよくご存知でした。
その頃の中国はすべて闇の中で
誰が台頭しているのかを知るのは困難でした。
唯一、全人代の映像が流れると
誰がどこに座っているかを見て
前回の時と比べ、
誰が昇格したか誰が失脚したかがわかると教えて頂きました。
(当然、飲みながらですが.........)
折しも日本では51年度総選挙が行われていました。
この選挙ではロッキード事件で逮捕された田中角栄が当選し、
新潟県民の良識が問われたものです。
私は投票をすませ、F教授宅で飲んでいました。
F教授は日本の政治動向について色々教えてくださいました。
私はふと疑問が湧いてF教授に尋ねました。
「先生は、どこの党を支持されているのですか?」
F教授は少し口ごもったあとはっきりと答えてくださいました。
「わしは生まれてこの方、選挙に行ったことは無い。」
「......................................。」
11月7日は鍋の日、
当然私も鍋を食しました。
鍋は大好きです。
私の好きな物は魚と牡蠣、
それに葱と豆腐が好きなので鍋が嫌いなはずがありません。
鍋に熱燗があれば幸せを感じます。
鍋に入れる魚は鮭が一番です。
鱈はさっぱりしすぎだと思います。
広島では有名な酔心の牡蠣の土手鍋がおいしいです。
広島に行かれたら是非味わってください。
就職活動を行うにあたりF教授に推薦状をお願いしました。
友人と2人でそれぞれ3通ずつ作っていただきました。
2人とも就職が決まった時、推薦状が1通ずつ余ったので中を見ました。
私のには
「彼は明朗快活、真面目な性格です。宜しくお願いします。」
と書いてありました。
少し短すぎます。手抜きです。
友人のを見ると、
..............................................
一字一句違わないものが入っていました。
F教授は同じ物を6通書いたのでした。

毎朝6時前に起きます。
寒くなってきました。
夜明けも遅くなってきました。
写真は今朝の6時、2階の窓から見える旭川の土手の手前です。
家の向こうは旭川です。
広島東洋カープの黒田がFA宣言をしないでの残留が決まりました。
春からずっとどうなるか不安でしたが最高の結果で嬉しさひとしおです。
やはり黒田は立派な男でした。
金や人気では無く情を取りました。
自分で
「こんな人間が地方球団にいてもいいと思う。」
と云ってました。
人生劇場の吉良常みたいです。
感動しました。
なぜこの愛想という言葉が、勘定を意味するようになったのでしょうか。
本来「おあいそ」は客が使う言葉ではなく、店の人が客に対して使った言葉のようです。
勘定の際に「愛想がなくて申し訳ありませんが...」
などと断りを言いながら、客に勘定書を示したところからきているそうです。
それがだんだん短くつまって「あいそ」、ちょっと丁寧に「おあいそ」となり、いつしか「おあいそ」だけで勘定の意味を持つようになりました。
京都に4年間いましたが飲食業でのバイトで「おおきに」と「おあいそ」は良く使いました。
でも客側から「おあいそして」と云うのには少し抵抗がありました。
先日食堂で店の人に「お勘定お願いします。」と云ったら
「はい、お愛想のほうでよろしかったでしょうか。」と答えられ
いっぺんに不愉快になってしまいました。
4回生の夏期休暇、地元の福山に帰省していました。
親が中元を贈るのを見て私もF教授にビールを1ケース贈りました。
感謝の気持ちからではなく卒業と就職で便宜を図ってもらおうとの下心からです。
F教授から早速礼状が届きました。
「結構な品を有難う、上洛の折りには一緒に飲みましょう。」
それから2週間後、京都に戻った私はF教授に電話をしました。
「おお、戻って来たのか。すぐ飲みに来い。」
F教授の家に行くとすぐに例の生協の2級酒がでてきました。
いつまで経ってもビールはでてきません。
私「先生、暑いですね。ビールを飲みませんか。」
F教授「ビール?ビールなんか無いぞ。」
私「えっ、先日お送りしましたが。」
F教授「ああ、あれならもう飲んだ。」
私「..............................」

(コロンビア・エメラルドマウンテンの袋)
生豆は麻袋に入って入荷します。
国によって袋の質やデザインが違います。
又、国によって60kg入りと70kg入りがあります。
どちらにしても重いです。
一度に4〜8袋入ってきます。
これを運送業者の方と運びます。
運び終わると息が乱れます。
握力が無くなります。
でも聞くところによると現地の人はこれを一人で一日中かつぎ、
トラックの上に投げ挙げるそうです。
日本に生まれて幸せでした。
遠藤周作の沈黙は高校時代に読み、衝撃を受けました。
すごい作家だと思いました。
その後彼の娯楽小説を読んで悲しくなりました。
たぐいまれな才能があるのにこんな物を書くなんてと。
才能のある人はそんなにいません。
だからその人は、歴史に残るような大作を書く、
義務のようなものがあると思います。
暴論でしょうか。