うまい話あり
城山三郎の「うまい話あり」を読んだのはもう20年前になります。
脱サラでガソリンスタンドのマネージャーになった主人公が
話と実際のギャップのあまりの大きさにとまどい苦労する話でした。
その内容からGSの経営の苦しさ、難しさを知りましたが
最近GSが廃業しているのをよく見かけます。
そこに今回の値下げが追い討ちとなってさらに廃業が増えるのではと心配です。
元売りの大手はいつも儲けて結局弱者が痛めつけられるんですね。
城山三郎の「うまい話あり」を読んだのはもう20年前になります。
脱サラでガソリンスタンドのマネージャーになった主人公が
話と実際のギャップのあまりの大きさにとまどい苦労する話でした。
その内容からGSの経営の苦しさ、難しさを知りましたが
最近GSが廃業しているのをよく見かけます。
そこに今回の値下げが追い討ちとなってさらに廃業が増えるのではと心配です。
元売りの大手はいつも儲けて結局弱者が痛めつけられるんですね。
小3の時、親に「12人の探検家」という本を買ってもらいました。
世界中の探検家の話が12話載っていました。
リビングストン、マゼラン、クストー、ヒラリーなど世界的に有名な探険家に混じって
河口慧海の話がありました。
彼は明治時代に日本にある経典に疑問を持ち
その頃、鎖国政策をとっていたチベットに潜入しました。
素性を隠しラサの寺に入り多くの経典を持ち帰ったのです。
そのチベットで今、動乱が起こっています。
第二次大戦後チベットを武力併合した中国がオリンピックを開くのにあたり
今が国際世論に訴える良い機会と思ったのかも知れません。
中国の対応一つで大事になる可能性もあります。
無理な願いかも知れませんがチベットの人たちの気持ちを叶えてあげたいものです。
「主婦の友」が休刊になるというニュースを聞きました。
戦後のピーク時には70万部だったものが
最近は数万部にまで落ち込んでいたそうです。
雑誌の販売の難しさを語っているようです。
でも雑誌だけではありません。
あらゆる面で生活の多様化、詳細化が進み
商品販売が難しくなってきています。
私たちが子供の頃は歌と言えば歌謡曲という大きなジャンルでくくられ
演歌を子供が聞いていました。
それは媒体が一家に1台のテレビ、ラジオに限られていたからです。
老人も子供も一緒に同じ歌を聴きます。
それがいつしか一家庭にテレビが2台、3台と増え
歌番組もNHKが中高年向けをつくり
民放がティーンエイジャー向けを作るようになりました。
さらに言えば以前は流行歌が娯楽の重要な要素となっていました。
歌とプロ野球、テレビドラマ、これが生活の潤いだったのです。
それが趣味も広がりスポーツのジャンルも広がってきました。
こういった中でメガヒットを飛ばすのは容易ではありません。
確実に大きな支持を得ようと思えば
健康食品とダイエットしかないのではないでしょうか。
ラジオで朗読を聞きました。
聞き始めると止まらなくなります。
一語一語がすごく重たいのです。
中でもあの有名な言葉
「本当に大切なものは目に見えないんだよ。」
これは子供向けレベルの話ではありません。
韓国大統領に保守派が10年ぶりに帰り咲きました。
私の中、高、大学時代、韓国は保守派が軍事政権を敷き
言論弾圧を行っていました。
T・K生と言う匿名で発行された「韓国からの通信」には衝撃を受けました。
友人が、家族が、部下が、夫婦が密告しあうといった
悲惨な現状が語られていました。
そんな中起こった金大中事件、朴大統領暗殺事件など韓国は大変な時代でした。
当然のように私たちは金大中氏を支持し
彼が奇跡的に大統領になった時は拍手を送ったものです。
ところがそれから始まった北朝鮮への太陽政策には疑問を感じました。
考え方は理解できますが全く結果が出ません。
北朝鮮の独裁政権を助けているだけです。
統一ができないのはすべて独裁政権が原因なのに
口先だけで統一と言っている独裁政権の存続を助長した
革新政権の責任は大でしょう。
今回の政権交代が良い方向に進むことを願わずにはいられません。
オキナワノートで裁判の被告になった彼が
法廷で口答弁論弁論を行ったそうです。
原告弁護団が「大江ワールドワールドを展開させた。」
と憤って述べたそうです。
不謹慎かも知れませんが笑ってしまいました。
大江氏に弁論で勝てるはずがありません。
彼の作品を少しでも読んだら
彼がいかに頭が良いか、
いかに凡人と観点の違う見方をしているかすぐわかります。
頭が良いだろう弁護士でもまあ無理でしょう。
米作家のノーマン・メイラー氏が亡くなられました。
高校時代大江健三郎に傾倒していた時、
彼の作品も読みましたがすごく難解でした。
知識も経験も浅い高校生には重た過ぎる内容でした。
ベトナム反戦や最近では中東攻撃を批判するなど
アメリカの良識と言える作家でした。
合掌
綿矢りさの”蹴りたい背中”を読みました。
古本屋で105円で買いました。
びっくりしました。
19歳の作品です。
内容は19歳にしか書けないでしょうが
文章力、表現力は19歳では書けないでしょう。
今時の若者の一部は凄いものを持っています。
昔から逸材はいましたが今の逸材とは情報量が違いすぎます。
近くは庄司薫(あまり近く無いかも)、古くは倉橋由美子、大江健三郎たちに
今の情報量があればどんな作品を作っていただろうと思ってしまいます。
四国の山奥で育った大江健三郎は本を手に入れることすら大変だったでしょうから。
表紙を人気漫画家のイラストに変えたらすごい売れ行きだそうです。
本の内容は一緒なのにこんなことで古典が売れるなんて。
少し複雑な気持ちです。
どんな理由でも若者が古典に親しむのは良いことです。
三国志でもそれを漫画にした横山光輝の功績はとても大きいと思います。
それを否定する人は日本語訳でなく漢文で読むべきでしょう。
シェークスピアを読んだ人ならわかるでしょうが
彼の文章には韻をふんだり掛詞を使ったところが多く
日本語訳にはすごい量の(注)がつかなければ
そのすばらしさが理解できないのです。
ただ願わくば表紙につられて買った人たちが飾ったり収集のためではなく
内容にふれて感動して頂きたいものです。
花火大会に行きました。
花火がそんなに好きではありませんが仲間とのお付き合いです。
でもやはり綺麗でした。
花火というと太宰治の作品に「冬の花火」というのがあります。
あこがれの桃源郷は、ばかばかしい冬の花火だったと語らせた
太宰の敗戦に関わる気持ちが垣間見えるようでした。
心に一本の線が通ってなくその時その時で気持ちが揺れ動いていた
彼の生き方には共感が持てませんが
弱い人間の正直な生き方だとしてみれば好感が持てます。
昨日、太陽のことを書いたらカミュの異邦人を思い出しました。
高校時代に読んだこの本はその時にはあまり深く理解できませんでした。
その当時は映画の理由無き反抗と相通じる
体制や良識への抵抗を感じたものです。
社会人になってから読み返すと少し違っていました。
良識派、常識派といった人たちが普遍の(と思っている)モラルをかざして
他人の心や考えを評論したり批判する社会を告発していると思えました。
他人の心の中は見えません。
母親の葬儀で泣かない人は冷徹か心の強い人と決め付けてはいけません。
すばらしい小説です。
是非一度は読むことをお勧めします。
祗園精舎の鐘の声、
諸行無常の響きあり。
娑羅双樹の花の色、
盛者必衰の理をあらはす。
おごれる人も久しからず、
唯春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂にはほろびぬ、
偏に風の前の塵に同じ。
盛者でも無くおごってもいなく
たけき者でも無い一般庶民は
幸せなのかも知れません。
中国三大奇書のひとつと言われています。
明の時代の作品で
殷の紂王の時代の物語ですがこれは完全にSFです。
宝貝(パオペー)というアイテムを武器にして
空を飛ぶ四不象(スープーシャン)に乗り駆け回るという
まさに大スペクタクルです。
歴史認識に少し問題もあるようですが
娯楽小説として読むのには安能務編集のものが最適です。
これを読んで昔の中国の偉大さを改めて感じました。
学生時代、文庫本になっているものはすべて読みました。
単行本は勇気と金がある時だけ買いました。
その頃一番好きな作家でした。
四国の山奥に生まれた秀才が天皇制や戦争犯罪、右翼、
性や生などあらゆるタブーにチャレンジしていく姿には共感を覚えました。
学生最後の頃に読んだ「見る前に跳べ」は
内容も素晴らしいものでしたがタイトルに引きつけられました。
この言葉は人生の教訓となりました。
Look,if you like. But you will have to leap.
(見たけりゃ見なさい。だけどあんたは跳ばなきゃならない)
30年経っても忘れられない1節です。
学生時代に破戒と夜明け前を読みました。
少し難解でした。
世間に対して問題提議をしていると感じました。
でも彼のすばらしさは作詞です。
「千曲川のスケッチ」は最高です。
小諸なる古城のほとり
雲白く遊子(ゆうし)悲しむ
緑なすはこべは萌えず
若草も籍(し)くによしなし
しろがねの衾(ふすま)の岡辺(おかべ)
日に溶けて淡雪流る
あたゝかき光はあれど
野に満つる香(かおり)も知らず
浅くのみ春は霞みて
麦の色わずかに青し
旅人の群はいくつか
畠中の道を急ぎぬ
暮行けば浅間も見えず
歌哀し佐久の草笛(歌哀し)
千曲川いざよう波の
岸近き宿にのぼりつ
濁(にご)り酒濁れる飲みて
草枕しばし慰む
椰子の実もいいですね
名も知らぬ 遠き島より
流れ寄る 椰子の実一つ
故郷(ふるさと)の岸を 離れて
汝(なれ)はそも 波に幾月(いくつき)
旧(もと)の木は 生(お)いや茂れる
枝はなお 影をやなせる
われもまた 渚(なぎさ)を枕
孤身(ひとりみ)の 浮寝(うきね)の旅ぞ
実をとりて 胸にあつれば
新(あらた)なり 流離(りゅうり)の憂(うれい)
海の日の 沈むを見れば
激(たぎ)り落つ 異郷(いきょう)の涙
思いやる 八重(やえ)の汐々(しおじお)
いずれの日にか 国に帰らん
いいですねー。
友人Mが音楽のテストで島崎藤村を勘違いし
”ふじむらとうそん”と書きました。
漢字で書くと”藤村藤村”となりおかしいと思いました。
でも何故おかしいか考え付かず、仕方なく
”藤村とうそん”と名前をひらがなで書いたのでした。
勿論バツがついた上に珍答ということで皆に披露されました。
筒井康隆と言えばドタバタナンセンスだと
顔をしかめる方もおられると思いますが
彼はもちろん有能なSF作家です。
SFというジャンルをここまで高めるのに貢献した一人と言えるでしょう。
40代以上なら誰でも知っている”時を駆ける少女”も彼の作品です。
私が最初に読んだのは学生時代の”心狸学 社怪学”でした。
馬鹿馬鹿しいけど何かそれだけではすまないものを感じました。
又、最近ではマス・コミによる言葉狩りに激しく抵抗し
気骨のあるところを示しました。
”旅のラゴス”や”文学部唯野教授”はお薦めです。
中学、高校の頃よく読みました。
この名前がエドガー・アラン・ポーから取ったことは有名です。
彼の作品はもちろん推理小説のジャンルに入るのでしょうが
それよりも人間心理を鋭くついたところが特徴のように思えます。
この作品がテレビドラマになると
とても陳腐なものになるのが残念です。
城山さんが亡くなりました。
月並みな言葉ですが惜しい人を失いました。
彼の著作は文庫になった物は随分読みました。
経済小説とジャンル付けられましたが
よく読んでみると人間小説だったと思います。
自分の体験から戦争反対を心の底から主張しておられました。
最近の世の中、勇ましい事を言う人間がもてはやされています。
でもその結果戦争になって傷つくのは
深く考えずにその言葉を支持した一般人です。
言った人たちは安全な場所で号令をかけるだけです。
城山さんの意志を引き継いでいきたいものです。
星新一の短編に面白い話がありました。
ある日家の電話が鳴り、受話器を取ると
「私はコンピュータ、明日の日本シリーズは○○が勝ちます。
誰にも云ってはいけません。」
そして結果はその通りになります。
すると又電話がなり翌日の予想を云い、翌日もそれが的中します。
ありえない話のようですがトリックを聞くとあっと思いました。
すごく単純な手口でした。
まず最初に電話帳でアトランダムに1000人ぐらい選び
500人にはAチーム、残りの500人にはBチームが勝つと電話します。
当たった方の500人を2つに分けて同じように電話します。
そして6戦で勝負が付くと15人に対して予想が的中したことになります。
その残った15人に対して詐欺を行えば高い確率でだますことができるはずです。
これを読んだら、いつどのような詐欺に引っかかっても不思議じゃ無いと思いました。
2万円ほどの電話代を投資すれば誰でも出来ます。
いかがですか。
春がそこまで来ています。
春という言葉で春風駘蕩という言葉をを連想しました。
芥川龍之介が書いた”在りし日の大石内蔵助”で
内蔵助が討ち入り成就後切腹の日が来るまでの気持ちをこう表していました。
でも彼の本当の気持ちは目標を成し遂げたあと、
目標が無くなった虚しさを感じていたと芥川は書いていました。
人間心理を鋭く突いていますがやはり本質的に彼は他人を冷めた目で、
しかも意地の悪い目で見ていたのでしょう。
他人を裏切り続け他人に迷惑を掛け続け
それでも人間愛を書き続けた太宰と正反対です。
”走れメロス”を芥川が書いたらメロスは戻って来ず
王様は悲しい顔で
「所詮、人間とはこんなものだ。」
と言って処刑させていたでしょう。
だから太宰は今でも多くの(迷惑を掛けられたことの無い)人に
愛されているのでしょう。
福山出身の彼は高校の大先輩です。
太宰の師であったこともあり親近感を持っています、
有名な”山椒魚”を晩年に書き換えたバイタリティーには
畏敬の念を覚えました。
花にあらしの たとへもあるぞ さよならだけが 人生だ
智に働けば角が立つ。
情に棹せば流される。
意地を通せば窮屈だ。
兎角にこの世は住みにくい。
漱石の言葉が身に染みた一日でした。
遠藤周作の沈黙は高校時代に読み、衝撃を受けました。
すごい作家だと思いました。
その後彼の娯楽小説を読んで悲しくなりました。
たぐいまれな才能があるのにこんな物を書くなんてと。
才能のある人はそんなにいません。
だからその人は、歴史に残るような大作を書く、
義務のようなものがあると思います。
暴論でしょうか。
学生時代に読んだ堕落論を読み返しました。
以前よりよく理解できました。
30年の経験や知識が同じ本を読んでも
全く違う感動を与えます。
30年前の私があるフレーズに横線を引いていました。
30年前に感動した部分です。
今そこを読んでも感動しませんでした。
知識や経験を身につけたけれど
失ったものもあるとわかりました。
昔も今もビジネス書は殆ど読みません。
若い頃、販売士や中小企業診断士の勉強はしましたが
いわゆる営業トークや売り上げアップ術などの勉強はしていません。
よく成功した人の本を読んで
「彼がこう云っていた。ああ云っていた。
だからこのやり方が正しい。こうすれば成功する。」
と、云う人がいます。
おめでたい人だと思います。
人は一人ひとりすべて顔も性格も環境もその他の何もかも違います。
人生に正解はありません。
熟慮を重ねて実行しても必ず後悔はあります。
成功した人もたまたまだったかも」知れません。
同じ事を10人がして運良く成功した唯一の1人かも知れません。
豊臣秀吉の伝記を読んだら天下人になれると思う人はいないでしょう。
松下幸之助の語録を勉強したらビジネスで成功すると思っている人はいっぱいいます。
縁もゆかりも無い人が書いているたまたま成功した事例を鵜呑みにして理論武装し、
自分に知識がついたと誤解して自己満足するよりも
古典を読んで先達の生き方を見習った方が人生に有益でしょう。
所詮ビジネス書とは金儲けの虎の巻です。
金も必要だけど教養はもっと必要です。
文学論を戦わせることができる人に巡り会えた時は本当に幸せです。
太宰のどの小説にあったのか忘れましたが、
学生時代から今まで忘れないフレーズがあります。
「他人を説教する人がいるけれど、
本当に偉い人は説教なんてしやしない。
ただ黙って微笑みながらこっちを見ているだけだ。
だけどその笑顔がとっても澄んでいるから、
こちらが恥ずかしくなるんだ。」
自己弁護が多い太宰だけどその中にも輝く言葉がありますね。
高2の夏、トルストイに挑戦しました。
先ず躓いたのが名前です。
主人公は確かネフリュードフ(ドミートリイ・イヴァーノヴィッチ)という名前だったと今でも覚えています。
なぜ今でも覚えているかといえば何度も読み直したからです。
長編なので一気に読むことができず続きを読もうとしたら
脇役の名前がこんがらがって前に進めないのです。
名前が難しすぎます。
こんなのは覚えられません。
仕方なく数ページ戻っては読み返すということを繰り返した為、
一夏かかっても読み終えることが出来ませんでした。
それ以来ロシア文学は「罪と罰」しか読んでいません。
(主人公の名前はラスコーリニコフでした。)
主人公の名は青成瓢吉、名前から受けるイメージとは全く違い、壮大な人生を描いた小説です。
吉良上野介の領地であった三州吉良から始まり中国大陸も舞台となります。
田舎の名士であった父親瓢太郎が没落していきながらも毅然としていた姿は、
今では否定されている家父長制度やブルジョワジーにもそれはそれで良い面もあり
又当事者のそれがための苦悩や努力も表れていました。
青春篇から始まる長編小説は五木寛之の青春の門にも多大な影響を与えていると思われます。
青春の門ほど簡単には読めませんが青春の門を読んだことがある方には是非一読されることをお勧めします。
太宰が破天荒な人生を送ったことは有名ですが彼について面白いエピソードを聞いたことがあります。
随分以前の話なので詳細が違っていたらお許し下さい。
友人の檀一雄(小説家、檀ふみの父親)に熱海の旅館にいる太宰から電報がきて宿賃を持ってきて欲しいとのこと。
檀が金策をして熱海の旅館へ行くと太宰は喜び、宿の主人も誘い三人で町へ出ての大判振る舞い。
気がつくと檀の持ってきた金は飲み尽くしてしまい、今度は檀が人質に残り太宰が金策に東京へ戻った。
しかし3日経っても4日経っても何の連絡も来ない。
仕方なく檀は別の知り合いに頼み金を送ってもらい何とか東京へ戻ってきた。
檀は太宰を探し回り、やっとある飲み屋でべろべろになっている太宰を見つけた。
檀が太宰をなじると太宰はうめくように言った。
待つ身が辛いか、待たす身が辛いか............
翌年、太宰は 走れメロス を書き上げた。
いかがですか。私はこのエピソードが心に染みたので紹介させて頂きました。
小学校に上がる前から大の本好きでした。小中学校では学校の図書室で本をむさぼるように読みました。本の貸し出し数では常に学年のトップクラスに入っていました。高校になると蔵書量もジャンルも多く嬉しかったものです。
そして高1の時ついに罹ってしまいました。そう、太宰病です。今では定かではありませんが 斜陽 か 人間.失格 だったような気がします。毎日太宰を読んではニヒリズムに陥り虚しい(と自分で思い込んでいるだけの)日々が続きました。
そんな時私に衝撃を与えたのは大江健三郎でした。何か今までとは違う別世界を見てしまった感動を覚え太宰病の日々がすごくちっぽけなものだったように思えました。それからは大江に毎日新しい感動を覚えながら、倉橋由美子や高橋和己へも傾倒していった高校時代でした。