詐欺

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私が大学3年の秋の事です。

貧乏立命とあだ名がつく通り、

私の周りの友人は殆どがアルバイトに精を出して生活していました。

そんな友人の中に一人だけ皆より多い仕送りで

悠々自適の生活をしているTがいました。

彼はあまり大学にも行かず

どちらかと言えばパチンコ屋の方に通学(?)していました。

別に裕福な家庭でも無かったのですが親が甘やかしていたのでしょう。

そんなある日私たちが大学から帰ると

Tの靴があるのにTの部屋に灯りがついていません。

不思議に思ってドアをたたくとTがドアを開け

「お前ら、安いスーツがあるから1万円で買わないか?」

と言うのです。

藪から棒の話なので詳しく聞くと

彼は部屋の中にある5着のスーツを見せて話し出しました。

彼が大学近くのパチンコ屋に行こうと歩いていると2人組みの男に呼び止められ

「間違えて伝票より多くの商品を持って出てしまった。

持って帰っても怒られるだけなので何とか処分したい。

1着5万円の品だけど5着全部買ってもらえるなら1着5千円で良い。」

との事を言われました。

彼の頭に私たちの顔が浮かびました。

「あいつらに1着1万円で売れば4着で4万円になる。

ここで2万5千円で買えば自分のは只でさらに1万5千円の儲けだ。」

そして彼は男たちの話に乗り、下宿まで車で送ってもらい

金を払って5着のスーツを受け取りました。

部屋に戻ってナイロン袋から出して愕然としました。

確かに色と形はスーツのようでしたが生地はハンカチのような薄さです。

唯の布切れをスーツの形にしていただけだったのです。

もちろん裏地もありません。

Tは頭の中が真っ白になりました。

詐欺に引っ掛かったのだと理解するのにしばらくの時間を要しました。

何をすれば良いかも考えられずぼーっとしていました。

その時私たちがドアを叩いたのです。

彼はその瞬間、私たちに売りつけてこの難局を乗り切ろうと

浅墓で尚且つ友人を裏切る考えを思いつき

前述のように

「お前ら、安いスーツがあるから1万円で買わないか?」

と言ってしまったのです。

「サイズは聞かなかったんか?」

「あなたにぴったりですと言われた。」

事情がわかった私たちはTを責めませんでした。

そして彼を連れて警察に行きました。

警察で詐欺にあったと刑事に話しましたがとりあってくれません。

「あんたがやったのは普通の商取引だ。

商売において値段は両者が合意すればいくらでも問題無い。

道路に落ちている石を10万円で買ってもいいわけだ。」

と言い、スーツは持って帰るように言われ住所、名前も聞きませんでした。

彼が騙されたのはバイトもせず社会経験が無かったのもありますが

とっさに儲けを考えたのが大きな要因でしょう。

他の仲間と一緒だったら恐らく騙されてなかったと思います。

円天の事件でこの事を思い出しました。

Tは思い出しているでしょうか。

この事件のあと地元にいる彼女に慰めてもらいに

1週間帰省して彼女に「早く忘れよう。」と言われたそうですから

たぶん思い出していないでしょう。