不義理

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京都の稲葉さんとは時間が2年ずれますが

同じ「むらさき」と言う名の食堂に通っていました。

今はもう無くなっていますが大映通りからちょっと入った所にあった

「むらさき」と言う店です。

その店には東映の社員や時には役者も顔を出していました。

又、場所的に立命館の学生下宿やアパートが多かったので

立命の学生もたくさん来ていました。

その店に小原さんと言う東映の大道具係の人がいつもおられました。

4人位座れるカウンターの一番右がその人の指定席です。

仕事が終わって6時過ぎに早く来られるので殆どその席に座っておられます。

最初に瓶ビールを1本頼みつまみをあてに飲まれます。

そして後1杯位を残して熱燗をちびちびと飲みはじめます。

熱燗を飲み終えると残しておいたビールを飲み干し帰っていかれます。

毎日それが小原さんのむらさきでの日課でした。

その小原さんにどういうわけか気に入ってもらえました。

映画村のアルバイトで水戸黄門の撮影時、綱を引いて観客を整理していた夜

どこかから見ておられたのか小原さんから「頑張って働いとったな。」と言われ

近くにある割烹に誘われてごちそうになりました。

私が卒業式の前夜、友人たちと最後の別れにむらさきで飲んでいたところ

小原さんがおられたので今までのお礼とお別れの挨拶をしました。

すると小原さんは店を出て行かれ、すぐに帰ってくると

包みを餞別にと渡してくださいました。

大映通りにある漬物屋さんで買ってこられたのです。

ところがこの後私は一生悔いの残る事をしでかしました。

むらさきを出た後、ふりがついた私たちは、嵐電、阪急を乗り継いで

大阪に飲みにいったのです。

行った店はグランドパブでわざわざ京都から行くような店ではありませんでした。

しこたま酔っ払った私たちは友人の又友人の下宿に転がり込み雑魚寝をしました。

朝起きてはっと気がついたのですが小原さんからもらった餞別がありません。

小原さんの住所を書いたメモもその袋の中です。

あるのは二日酔でがんがんするような頭痛だけです。

後悔と頭痛でぐちゃぐちゃの気持ちで京都に向かいました。

卒業式に出なければいけません。

大阪の市バスで梅田まで行きました。

バスが梅田に到着するので友人たちとバス賃を出し合いました。

全員の料金を私が持って最初に降りました。

料金を入れるとき「4人分です。」と言って入れなければいけませんが

気持ちが悪くて声が出ず黙って入れてしまいました。

降りた後、友人たちが降りてきません。

友人がこちらに向かって自分たちの料金はと聞きます。

私がまとめて全員分を入れたと言うと

運転手が「いや、あんたは一人分しか入れなんだ。」と言います。

私は驚いて全員のを入れたと言いましたが運転手は承知しません。

押し問答を続けては他の乗客に迷惑です。

私は自分たちが立命の学生でこれから卒業式に行くところで

そういう日にこんな事で嘘をついて料金をごまかそうなんて気は無いと訴えました。

すると運転手は面倒そうに「もうえー。」と言います。

私はバスに上がって乗客に頭を下げて侘びを言いました。

自分がちゃんと言わなかったのが悪いのは明らかです。

二日酔の頭にますます後味の悪さが残りました。

そして無くした小原さんの住所ですが

その後、就職してからの新しい生活に必死で適応しようとしているうちに

すっかり忘れてしまいました。

むらさきに電話して聞けば良かったのでしょうが

今となっては後悔の念が残るだけです。

お礼の葉書1枚書けなかった不義理はずっと忘れられません。



先ほど稲葉さんから教えていただいて注文した本が届きました。

その本には「むらさき」が出てきます。

「むらさき」の人たちも実名で出てきます。

焦る気持ちを抑えてじっくりと一文字、一文字ていねいに読もうと思います。

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