悲劇の北海道一周

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朝、札幌を急行で出発し 目指すは様似のユースホステルです。

Mが「苫小牧の蟹飯が有名じゃけーそこまで我慢しょーやー。」

と言うので腹ぺこになりながら我慢し、昼過ぎに何とかありつけました。

期待していたほどおいしくありませんでした。

18歳には味より量が必要でした。

でもその後は順調に進み、ユースホステルで腹一杯食べることができ幸せでした。

摩周湖は霧で全く見えませんでした。

霧の中でバスが止まり、降りても5m先が見えません。

ガイドさんが「あちらが摩周湖です。」と言うのが空しく響きました。

網走へ行く途中の列車で暖房が入りました。

8月上旬なのに。

網走のユースへ入ると石炭ストーブが燃えていました。

昼食をバナナですませたりしながら節約旅行を続けました。

3日後旭川まで戻ってきました。

残りは北部です。

礼文島まで行く計画です。

しかしついに金が底をつきました。

二人で考えましたが考えても金はでてきません。

あきらめました。

涙をのんで帰ることにしました。

そのまま札幌経由函館へ。

青函連絡船の中でMが「記念にイカソーメンを食べようや。」

というのでなけなしの金で食べました。

食べ終わると全財産が30円になりました。

その金でお茶を買い、お茶で空腹をごまかしました。

秋田駅のプラットホームにある水道で水を補給し、

京都までの20時間水だけで我慢しました。

途中から話す気力もなくなり、ただ京都へ着く事だけを考えて.............。

京都に着いたらMが持っていた福山までの切符を払い戻して腹一杯食べることを夢見て。

ついに昼過ぎ京都に着きました。

勇んで払い戻しの窓口へ。

切符を差し出すと駅員さんが

「この切符には手荷物が付けてあるね。

先に荷物の窓口へ行って手荷物を小荷物に変更して来てください。」

荷物を送るとき乗車券があると手荷物と言って割安で送ることが出来るのです。

荷物の窓口へ行くと

「小荷物に変えるには差額が○○円必要です。」

愕然としました。

1円も持っていません。

切符を払い戻せたら払えるのに。

仕方なくあきらめました。

私の下宿は太秦の映画村のそばで駅から8kmあります。

とても歩いて行けません。

公衆電話の前で見知らぬ人に恥を忍んで10円もらい下宿に電話しました。

夏休み中でしたが下宿のおばさんに聞くと先輩が1人いました。

先輩に手短に事情を話すと金を貸してくれるというのでタクシーに乗り、

下宿で金を借り、すぐそばの食堂へ。

食べ終わるとすぐ駅に戻り鈍行を乗り継いで福山へ帰りました。

夜福山に着いたときはへとへとでしたが無事帰れた気持ちでほっとしました。